すきま風

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自殺の文学史 感想

自殺の文学史という非常に面白い本を読みました。以下、簡単に内容と感想を書いてみます。

1章では、社会学、地理学、哲学、宗教、歴史 etcを軸にして自殺を論じており、自殺学の総合カタログの感があります。 カルト宗教の集団自殺や日本の切腹、心中など興味深いテーマにも言及しています。著者は日本文学を研究しているロシア人で、日本独自の文化に造詣が深く 世界的に見て自殺特異点である日本について特にページを割いてくれています。 各ページに散りばめられた古代から近代までの哲学者、宗教家、文学者たちの自殺についての見解や箴言は一つ一つ興味深く、力強いです。 ただし、生化学的な言及や臨床医学的な文献はあまり紹介されていません。あくまで思想上の知識に焦点が当てられています。

2章では、自殺により世を去った文学者たちの自殺理由について、恋愛、貧困、病気、飲酒 etc と分類して言及しています。 筆者が文学者に焦点を当てた理由は「傷つきやすく」「日記や作品に心情を細やかに記録している」からだとしており、文学者の自殺を通じて 自殺の一般的理由について光を当てようとしています。また、文学者独自の自殺理由については別に章立てて紹介してくれています。 日本人作家も多く紹介されており、特に馴染みの深い芥川、太宰、三島について、それぞれ相当の文量を割いて詳説しています。

最後に、古今東西の自殺した文学者のカタログが、簡単な生い立ちと自殺理由、その方法とともに紹介されています (全部で350人!)

全章を通じて多くの文学者、文芸作品が紹介されており、文学カタログとしても有用です。

話は少しズレますが、かなり昔に話題になった「完全自殺マニュアル」の序文に 「簡単に死ぬ方法さえ知っていれば人生気楽に生きられる」的なことが書いてあり、実際それはそのとおりかもしれない、と内容に期待したものですが、 実際に読んでみると、どの方法も (1番簡単確実と紹介されている縊死さえも) 非常に大変そうで、 死ぬのも中々楽ではないなあと逆に暗澹とした気持ちになった記憶があります。

自殺の方法よりも自殺の思想を知り、過去に旅立った文人たちの記録を読む方が気持ちが楽になることもあります。 しばしばこの世からの離脱を考えている自分のような人にこそ奨めたい本です。 自分はひどく落ち込んでいた時期にこの本を手に取り、生きることに対して少しだけ前向きになりました。

締めが思いつかなかったので、帯に書かれている筆者のまえがきを引用しておきます。

最近のある社会心理学者によれば、人類は自殺学的に五つのカテゴリーに分類される。

一、一度も自殺を考えない人

二、時に自殺を考える人

三、自殺をするぞと脅かす人

四、自殺を試みる人

五、自殺を成し遂げる人

第一のカテゴリーに属す幸せな人が、本書に興味を持つとは私には思えない。 本書は残りの五分の四の人類に捧げられたものである。

著者「まえがき」より